なぜ「石破おろし」が簡単に成立しないのか
議院内閣制ゆえに、首相は国会の“数”でしか動かない
日本の首相は国民の直接投票ではなく、**国会の指名(衆参両院だが、最終的に衆院優越)**で選ばれます。
したがって、退陣させるにも国会の多数派形成が不可欠です。
過半に届く不信任可決や後継指名が整わなければ、世論の不満がどれだけ高くても首相は居座れてしまいます。
この仕組み自体が、有権者の“直感的なNO”を政策や人事に素早く反映しにくくしています。
「自民党総裁=首相」の接続が、党内論理を最優先させる
衆院第1党の自民党総裁が首相という現実の下では、首相交代は「党内の権力移行」が前提になります。
総裁選のルールは党が握っており、党員・党友票と国会議員票の配分、そして前倒しの可否などは党規程に縛られます。
2024年の総裁選で石破氏が総裁に選ばれて以降(決選投票で勝利)、党内多数を再結集できるかが去就の鍵で、ここでも“民意より党内力学”が先に立ちます。
不信任・解散カードの相互確証破壊
衆院で不信任が可決されれば内閣総辞職か衆院解散です。
しかし、不信任を出す側も解散総選挙のリスクを呑み込む必要があるため、野党も与党内反主流も“押し切れない”膠着が起きがちです。
首相側も解散権を背景に「やれるならやってみろ」と構えられる構図そのものが、政治責任の曖昧化を招いています。
自民党内で何が起きているのか
1) 参院選敗北後の“石破おろし”と、前倒し総裁選論
2025年7月の参院選で自公は参院の多数を失い、政権運営の基盤は急激に弱体化しました。
選挙後、自民党は両院議員総会や総裁選挙管理委員会を軸に総裁選の前倒しを巡る議論を開始。
「所属国会議員+都道府県連代表の過半数が要求すれば前倒し」という運用に沿って意思確認が進み、党内では“石破続投”への異論が噴出しています。
とはいえ、前倒しの最終判断や日程決定は党側が握るため、世論の怒りが直結しにくいのが実態です。
それでも続投が途切れない理由――“世論と党内”のねじれ
興味深いのは、選挙で大敗しても一定の層で続投容認が上回る調査が出ていることです。
JNNや朝日などの調査では、「いま辞める必要はない/辞任不要」が「辞任すべき」を上回った時期があり、党内の“おろし”が一枚岩になり切れない背景になっています。
世論の不満は自民党そのものへ広がっており、“首相だけを替えても意味がない”空気が見え隠れします。
少数与党化と対米交渉――政権延命と政策の取引
上院(参院)で多数を失う少数政権は、野党や他会派との個別折衝に依存しがちです。
さらに、対米通商・関税交渉などの大型案件の帰趨を“延命の根拠”に使う典型も見られます。
交渉の節目(8月上旬など)に成果が出なければ退陣論が再燃する、という**“期限付きの続投”**は、政策を政権維持の道具に貶め、有権者の不信を深めます。
批判的視点:党内ガバナンスが機能不全で、方針もリーダーも「選挙と世論に押し出されるまで変わらない」。その後手後手の意思決定こそが、生活者の視点から最も有害です。
世襲が“政治の出口”をふさぐ――地盤・看板・カバンと税制の歪み
世襲はなぜ強いのか
日本の政界は世襲比率が約25~30%とも言われ、選挙区は小選挙区中心、運動は個人戦。
親の後援会(地盤)、名前の知名度(看板)、政治団体・事務所・資金という**“カバン”**が丸ごと継承されます。学術研究でも、世襲は小選挙区で圧倒的に有利という傾向が示されています。
「政治資金」は“相続の対象外”という現実
大物政治家が持つのは私財ではなく、政治資金管理団体の資産です。
これは団体の資産であり、相続財産ではないため、そのまま子に“相続税課税”される構造ではありません(団体を解散して残余財産を個人が受け取る場合は所得課税の扱いが問題になります)。
結果として、政治家の家系は資金面で著しく有利な出発点に立ち続けます。
政治団体間の資金移動が可能――「壁」をさらに厚くするルール
政治資金規正法の運用では、政治団体間の寄付が制度化され、政党・政治資金団体を除く政治団体同士の寄付は年5,000万円の上限が設定されています(口座振込義務化などの技術規制つき)。
この“団体⇄団体”のレールが、資金と影響力の再生産を容易にします。**個人の政治献金には税制上の優遇(控除)**まであるため、体力のある陣営がますます強くなる構図です。
批判的視点:政治家個人の“蓄財”ではないから課税できない、という詭弁が世襲を温存しています。団体スキームと寄付優遇で“政治の家業化”が続く限り、無名の新人が政策で勝つ余地は極端に狭いままです。
「選挙で落とせば終わるのか」という問いへの現実的回答
衆院選の“比例復活”が民意を鈍らせる
衆院は小選挙区と比例代表の並立制で、候補者は重複立候補が可能。小選挙区で落ちても、**比例名簿から“復活当選”**できます。
つまり、有権者が選挙区で落としても、党の名簿順位や惜敗率で国会に戻ってくる“ゾンビ議席”が常態化します。
参院には重複立候補がないため復活はできませんが、衆院側の救済装置が政治責任を薄めているのは事実です。
党内役職は“議員バッジ”が前提
自民党の総裁・幹事長・政調会長などの主要ポストは国会議員が前提で、落選すれば実権ある役職には基本就けません(ただし顧問や勉強会など周縁的な影響力は残り得ます)。
それでも比例復活で残る仕組みがあるため、本当に“政治生命を絶つ”には小選挙区も比例も潰す必要があるのが実情です。
批判的視点:「落としても残る」制度は、有権者の怒りを空回りさせます。政党の事情と選挙制度の設計が、交代可能性(accountability)を確実に弱めています。
それでも変えるための現実的な打ち手(制度改革の方向)
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総裁選の前倒し要件の明確化・可視化
所属議員+都道府県連代表の過半数で臨時総裁選要求――この発動プロセスと賛否の見える化を徹底するだけでも、党内密室政治は抑制できます。 -
世襲温存スキームの封じ込み
政治資金管理団体の資産の承継ルールや政治団体間寄付の上限・透明性を再設計し、**“実態=親の地盤・資金の継承”**に課税・開示の歯止めをかけるべきです。 -
比例復活の要件の厳格化
重複立候補の自由度や比例名簿優遇を見直し、選挙区で否定された候補の復活を例外的措置へ。少なくとも惜敗率基準の引き上げや名簿順位の事前公開の徹底が急所です。 -
公募・予備選の義務化(党内ルール改定)
同一選挙区での親族連続立候補の制限や、公開の党予備選を義務づけることで、地盤世襲の自動継承を断ち切るべきです。
批判的結論:いまの日本政治は、「党の都合」「団体スキーム」「制度の穴」が三位一体となって、有権者の選好を骨抜きにしています。“石破を替えられない”のは石破個人の問題以前に、そう簡単には首相も政治家も替わらない制度だからです。
まとめ
石破政権を「やめさせられない」のは、石破氏本人の力というより、日本の政治制度と自民党の内向きな力学が作り出した歪みです。
国民がどれほど不信を抱いても、世襲や比例復活といった仕組みが“ゾンビ議員”を生み、政権は延命されます。
真に国民のための政治を実現するには、石破降ろしの是非以前に、この構造そのものを問い直す必要があります。
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