まず事実整理:どんな計画なのか
SNSで話題の“秋葉原モスク”は、台東区上野3丁目(御徒町)で建設中の「(仮称)御徒町モスク新築工事」です。建設情報の公開資料と標識写真によれば、地上9階・延床約1,110㎡・RC造、着工2024/2/15、完成予定は2025年5〜8月頃(情報源により表記差)で、用途区分は「神社・寺院・教会・宗教」。設計は(株)ツズキオフィス、施工は株木建設となっています。
ここまでのポイント:日本の建築・都市計画の実務では、モスクは「神社・寺院・教会等」と同じ枠で審査されます(用途そのものは“宗教施設”)。
日本における大原則:「土地の法」が最終的に優先
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憲法20条が信教の自由を保障しつつ、国家の宗教的活動を禁じています。つまり「信じる/信じない」「礼拝する/しない」は保障されますが、公共の安寧と秩序を守る一般法の範囲で行われます。
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宗教法人法は宗教団体に法人格を与え、施設の所有・運営の土台を定めます(宗教法人だからといって一般法の適用が免除されるわけではありません)。
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道路交通法77条に基づき、通行に著しい影響を及ぼす形で道路を使用する行為(祭礼・集会等)は道路使用許可が必要。無許可なら是正対象です。
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私法上の衝突でも、通則法42条(公序良俗条項)により外国法や宗教規範の適用が日本の公序良俗に反する限り排除されます。
端的に言えば、「宗教上の要請(たとえば“路上での一斉礼拝”や“宗教的家族法”)があっても、日本の一般法が優先」というのが原則です。
現実の摩擦はどこで起きやすいか(国内外の例と、法的な落としどころ)
公道・公共空間の使用(混雑・占用)
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日本:歩道や車道を実質的に占有する形の集団行為は、道路使用許可の対象です。許可の有無・条件は混雑・安全対策などを踏まえ警察が判断します。
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フランス:2011年に街頭礼拝の禁止が導入され、北パリでは代替の礼拝スペースを手当てして移行させた経緯があります(「公共空間の中立性」の徹底)。
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インド・グルグラム(グルガオン):住民の抗議等を背景に、公有地での金曜礼拝の許可が一部撤回・制限されるなど、行政が場所・回数を調整した事例があります。
実務的示唆:日本でも同種の混雑が懸念されるなら、**(1)許可の有無と条件の確認、(2)入退場導線の設計、(3)分散礼拝(時間差・回数増)**が効果的です。許可の枠組みがある以上、「放置される」ことは制度上想定されていません。
拡声器・アザーン(音の問題)
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ドイツ・ケルン:市全域で金曜のアザーンを最大5分、正午〜15時の間に条件付きで許可(2年間の試行から導入)。騒音基準や近隣説明などの行政条件付きです。
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米国・ミネアポリス:1日5回のアザーン放送を通年で認可する条例改正。騒音規制の範囲で運用されます。
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米国・ニューヨーク市:金曜とラマダンのアザーンは許可不要のガイドラインに変更。ただし周辺騒音+10デシベル以内などの明確な音量規制が前提です。
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東京:騒音規制は国法+都・区の条例・基準で管理され、運用は所管窓口へ相談・指導の枠組みがあります。
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先行例:東京ジャーミイは金曜昼の一般見学は14:30以降と明示し、人流ピークを避ける運用をしています(地域配慮の一例)。
実務的示唆:「鳴らせる/鳴らせない」の単純論ではなく、時間帯・音量・回数を行政基準でコントロールするやり方が世界的な主流です。
服装・職場の宗教表現(ヘッドスカーフ等)
EUでは、企業の中立ルール(宗教・政治的シンボルの全面禁止など)が一般的かつ一貫して適用されるなら合法とする判例があります(ECJ)。ただし、特定宗教への差別にならない設計が必須です。
家族法・紛争解決(いわゆる“シャリーア評議会”)
英国の独立レビュー(2018)は、「シャリーア評議会は“裁判”ではない」「国内法に優越する“並行法体系”ではない」と明確化。離婚等の宗教的手続の助言機関と位置付けつつ、女性保護や差別是正の改善勧告を出しています。
婚姻制度(重婚・未成年婚など)
日本は一夫一婦制で、民法732条により重婚は禁止。刑法上の重婚罪の解説も公的機関が示しています。さらに、外国法の規定でも公序良俗(通則法42条)に反すれば適用しません。つまり、イスラム法上の複婚が認められる国の規範を持ち込んでも、日本では効力を持ちません。
まとめると、「宗教上こうすべき」は個人の信仰として尊重されつつ、公空間の使い方・騒音・婚姻といった“外部に影響する領域”では土地の法が最終判断、という整理です。
御徒町モスクをめぐる“懸念”を、制度でどう潰すか(チェックリスト)
運営者側
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金曜礼拝の分散実施(時間差・複数回)と入退場導線の明示
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道路使用許可の取得、誘導員の配置、歩道上の滞留抑制(周辺商店会と協議)
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拡声器・呼びかけの運用ルール(音量・時間帯・回数を自治体基準に適合)
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近隣との情報共有窓口の一本化/定期説明会/オープンデー(東京ジャーミイの見学運用は参考)
行政・地域側
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標識の記載事項(用途・高さ・工期・建築主)を確認し、工事説明会に参加して具体的運用を質問
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具体の迷惑事象(日時・場所・写真)をもって所轄警察・区の環境窓口へ相談(許可・騒音の適否を確認)
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代替スペース・時間帯の調整など、**“全面禁止ではなく条件整備”**で解決するのが国際的にも現実的(ケルン/ミネアポリス/NYCの事例)。
「イスラム法が優先されるのでは?」という不安への答え
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日本の制度は、信教の自由(内心・礼拝)を最大限保障しつつ、公共ルール(道路・騒音・建築・婚姻)で線を引く設計です。**“土地の法の優位”**は、憲法・各種法令・通則法42条で担保されています。
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海外でも「公空間での祈り」「アザーンの可否」「職場の服装」「宗教的離婚手続」など、摩擦が起きやすい領域を“法の条件”で整える方向に舵が切られています(仏の街頭礼拝禁止+代替地、独ケルンの条件付き許可、米都市の騒音基準下の認可、英のシャリーア評議会の位置付け整理)。
日本全国のモスク数と、把握できる建設・新設情報
(1)モスク数の現状(信頼できる公開ソースに基づく概数)
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研究・報道のコンセンサスでは、2021年時点で「110超」。
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その後も増加し、**2024年4月時点で「133か所」**という整理が出ています(店田廣文・早稲田大名誉教授の調査を引く記事等)。
公式な全国台帳はなく、“最低でもこの程度”と理解するのが適切です。メディアによっては150前後の推計も出ますが、統一基準がないため幅があります。
(2)確認できる建設・新設の代表例(2024–2025)
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(仮称)御徒町モスク(台東区):9階建・延床約1,110㎡。2024/2/15着工、2025年春〜夏頃完成予定の表示。用途は宗教。
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横浜アッショリヒン・モスク(横浜市旭区):公式発信で2025年も工事進捗を公開(基礎〜躯体・中間検査等)。
ほかの地域の噂情報は、自治体の建築計画標識/公式告知で裏取りして初めて“確認済み”と言えます。
「治安」や「道路封鎖」への実務解
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治安の一般論で語るより、具体の事象×法制度で対処するのが最短です。道路占用は許可制、騒音は基準と指導ルートがあり、違反は是正できます。
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運営の工夫(分散礼拝・誘導・音の管理・近隣説明)で摩擦は大きく下げられます。東京ジャーミイの見学時間の設定は、混雑回避の好例です。
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SNSの目撃談は有力なリードですが、許可の有無・場所・時間を裏取りして初めて行政対応につながります。海外でも**「禁止」より「条件管理」**で現実解を探る例が増えています。
建設を止めるには?
前提だけはハッキリ:止める/変更させるために動くなら、法と手続きに沿った“内容中立の主張(騒音・動線・景観・日影・安全・法令適合性)”で勝負するのが現実的です。施設の宗教性そのものを理由にした反対は通りません(憲法20条・宗教法人法の枠内で審査され、最終的には“土地の法”が優先)。
以下、「合法・非暴力・非差別」で中止/縮小/運用条件の厳格化を目指す実務ルートです。
まず“現状ステータス”を確定
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建築計画概要書の閲覧で「確認の有無/内容(用途・高さ・構造・工期)」を確認。建築基準法に基づき、自治体で誰でも閲覧できます。これが出発点。
台東区・東京都の「中高層建築物」ルート(説明会・調停)
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台東区は高さ10m超などを「中高層」とし、標識設置・近隣説明会の開催を義務、紛争時はあっせん・調停に乗せられます。費用は不要。御徒町の計画規模なら確実に対象です。
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東京都の同条例でも、説明会・標識のほか、建築紛争のあっせん/調停が用意されています(区が所管)。
現実的な狙い:-
動線計画の見直し(金曜礼拝の分散実施、出入口誘導員の配置、歩道滞留の抑制)
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騒音運用の明確化(拡声器を使わない/時間帯・回数・音量基準の明文化)
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日影・景観配慮(外装・照明・看板・意匠等の調整)
→ 条例の枠組みは**“条件を詰めて実害を下げる”**のに強い仕組みです。
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行政争訟のルート(中止や計画変更を狙うならここ)
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建築確認の取消しを求める審査請求:東京都建築審査会が窓口。処分を知った日の翌日から原則3か月以内(かつ処分日から原則1年以内)がタイムリミット。**違法事由(法令適合性の欠缺)**を技術的に主張する必要があります。
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難易度の目安:学術調査では全面認容は約6%にとどまります。勝つには明確な技術的違反(日影規制の算定誤り、避難計画・耐火・容積率・駐車台数算定・防火地域要件等)が必要。建築士・弁護士のチーム体制が前提です。
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その先:審査請求で不十分なら行政訴訟(取消訴訟)も選択肢。ただしコスト・時間が増えます。審査会サイトや各自治体資料でも案内あり。
景観・地区計画・屋外広告の線で詰める
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台東区は景観計画を持ち、建築物や屋外広告物の景観手続き書類が整備されています。外観材質・色彩・照明・広告の大きさなど、景観側からの是正・条件付けの余地を探れます。
道路・騒音の“運用条件”を法で縛る(開業後も有効)
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道路使用(道交法77条):集団礼拝等で歩道を実質占用するなら許可制。無許可・逸脱は是正対象。事例を日時・地点特定の記録で所轄に相談。
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騒音:東京都・区の規制と苦情ルートがあり、音量・時間帯・回数を行政基準でコントロール可能。継続的な違反は指導の対象になります。
→ 中止までは難しくても、運用を厳格化させる効果は高いです。
住民側の実務アクション(順番に)
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証拠化:標識・図面・説明会資料・周辺混雑の動画(顔はぼかす)・騒音の計測ログ。
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体制化:町会・商店会・PTA・管理組合など既存組織と合同で**「要望事項の一本化」**。ばらばらの苦情より強い。
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専門家を入れる:建築士(法適合チェック・日影再計算)、弁護士(審査請求・訴訟戦略)。
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区の条例手続きに正式参加:説明会で動線・音・時間帯・見学受入の運用を具体要求→東京都/台東区の紛争あっせん・調停へ。
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行政審査の期限管理:3か月/1年のリミットを逆算、必要なら審査請求の準備(技術的違反の特定・意見書添付)。
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景観・広告の指導要請:景観計画に合致する外観・照明・サイン計画を求める。
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政治ルート:区議・都議への陳情(宗教性ではなく公共影響=動線・騒音・日影に限定)。
やってはいけないこと
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宗教や信徒を狙った誹謗・示威・妨害(違法・逆効果)。
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デマ拡散や私有地への無断侵入、建設業者・近隣施設への業務妨害。
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“宗教だから反対”という主張一本槍(審査の射程外で通りません/むしろ主張を弱くします)。
→ すべて合法・内容中立の根拠に寄せるのが鉄則です。
相談先・根拠リンク(保存版)
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台東区「中高層建築物」:説明会義務・手続の手引き(相談・調整の申出先も記載)台東区公式サイト+1
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東京都:中高層建築物の紛争予防・調整(あっせん/調停)(制度の概説・所管の案内)東京都都市整備局+2東京都都市整備局+2
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東京都建築審査会(不服申立ての審理機関)東京都都市整備局
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**審査請求の期間(原則3か月・上限1年)**の行政不服審査法の解説例(自治体・専門解説)北区公式サイト+2city.obu.aichi.jp+2
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審査請求の認容率データ(学術):近隣住民による建築確認取消しの実情(全面認容は約6%)J-STAGE
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景観計画・景観手続(台東区)台東区公式サイト+1
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建築計画概要書の閲覧制度(まずはここで現況確認)東京都都市整備局
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道路使用(道交法77条)・**騒音規制(東京都)**の相談ルート(運用条件を縛る)東京都都市整備局+1
結論:不安は「制度」で具体に落とす
御徒町の案件に限らず、**宗教施設の“運営のしかた”**次第で、歩道混雑・音・近隣不安は大きく左右されます。日本の枠組みは、信教の自由を守りつつも公共のルールで線を引く設計で、**最終的に“土地の法が優先”**です。懸念があるなら、道路使用・騒音・建築の各ルールを起点に、条件と運用を詰めていくのが、もっとも再現性の高いアプローチです。
“止め切る”のは難易度が高い(統計的にも)ですが、運用条件の厳格化や一部設計変更は十分狙えます。まずは①概要書で確認→②区の説明会・調停に正式参加→③技術的違反があれば審査請求の準備(期限厳守)の順で動くのがセオリーです。
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