ベビーライフ事件は、単なる「民間団体のトラブル」で片づけてはいけない問題です。
特別養子縁組という、人生そのものを左右する制度の現場で、運営者の説明不能・記録管理の不備・行政の追跡不足が重なり、最も守られるべき子どもの情報と権利が置き去りにされた――これが本質です。しかも、2025年時点でも、海外に渡った子どもの個別安否確認が十分に取れていないという重い論点が残っています。
この記事では、ベビーライフ事件の経緯を整理しながら、どこに問題があったのか、なぜここまで長く尾を引いているのかを、批判的な視点でわかりやすくまとめます。
まず結論
この事件の一番の問題は「誰も全体を把握していないこと」です
この件で最も深刻なのは、関係者が多いわりに、責任の所在と情報の一元管理が弱いことです。
民間団体(ベビーライフ)、東京都、国(当時の厚労省、のちのこども家庭庁)、外務省、法務省、家庭裁判所など、関係先が分かれているのに、海外に渡った子どもの情報や、その後の追跡、出自情報の管理が一本化されていませんでした。これは制度としてかなり危うい状態です。
実際、2025年3月時点の山田太郎議員の公開整理では、こども家庭庁への確認結果として、養親が外国籍だった174人の子どもについて、東京都・こども家庭庁ともに個別安否を確認していない旨が記されています。さらに、子どもの国籍状況(日本国籍を離脱したかどうか)も個別把握していないという趣旨の回答が示されています。ここは、制度の穴というより、もはや「国家としての最低限の追跡機能が薄い」と言われても反論しにくい部分です。
ベビーライフ事件の概要
何が起きたのか
ベビーライフは、特別養子縁組のあっせんを行っていた民間団体です。Business Insider Japanの記事でも、2020年7月に事業停止し、代表(篠塚康智氏)と連絡が取れなくなっている問題として大きく報じられました。さらに同記事では、厚労省の指導が「あっせん先は原則国内」だったにもかかわらず、半数以上が海外へのあっせんだったことが報じられ、出自を知る権利への懸念も指摘されています。
東京都の2020年9月10日付の報道発表でも、ベビーライフが法律に基づく許可申請を取り下げ、あっせんを実施できなくなったこと、東京都が文書引継ぎを指導したこと、そして当時はまず一部(394件)の引継ぎを受けたことが記されています。つまり、行政側も「問題のある状態」を把握しており、事後的な回収に動いていたことは公文書上で確認できます。
ここで見えてくるのは、事件の出発点が「突然の事業停止」だけではないことです。
本当の問題は、事業停止後に、子どもの記録・出自情報・相談情報をどう守るかという仕組みが、十分に機能しなかったことにあります。東京都は「適切に保管する」としていますが、そもそも何がどこまで残っているか、どの情報が失われたのかという点に大きな不透明さが残りました。
元代表の説明と、その限界
「病気」「コロナ禍」「契約終了によるデータ消去」という主張
ベビーライフ公式サイトには、元代表名義で「東京都への情報引き継ぎまでの経緯」が掲載されています。そこでは、過労や新型コロナ感染、手術、長期入院・リハビリを経て回復したこと、コロナ禍と許可取得の遅れが重なって事業廃止に至ったことが説明されています。
また、特に重要なのは、元代表側の説明として、機微な個人情報を含む詳細記録はクラウド上から持ち出せない設定にしていたこと、そして自身が病気になったタイミングでクラウド契約が終了し、機微情報がサーバー上から消去されたという趣旨の記述がある点です。加えて、東京都に引き継いだのは連絡先や写真など「将来有益となり得るバックアップデータ」だったと説明しています。
ただ、ここは厳しく言うべきです。
どれだけ事情があっても、子どもの出自に関わる記録の保全が、事業者の体調やクラウド契約の事情で失われる設計そのものが危険です。しかも、特別養子縁組は一度成立すると、子ども本人が将来ルーツをたどるときに、記録の有無が人生の土台に直結します。「善意で運営していた」「コロナ禍で大変だった」という話と、「記録が消えた」という制度上の重大問題は、分けて評価しないといけません。
子どもの「出自を知る権利」が置き去りになった問題
ここが一番重い論点です
ISSJ(日本国際社会事業団)は、ベビーライフ廃業報道を受けた見解の中で、子どもの権利条約第7条に触れ、子どもができる限り父母を知る権利や、養子本人の記録アクセスの重要性を明確に述べています。また、日本では法整備や運用にばらつきがあることも指摘しています。これはかなり重要なポイントです。
さらにISSJは、あっせん利用料について「利益追求のためのあっせんは絶対にあってはならない」と、かなり強い言い方で釘を刺しています。つまり、現場の支援団体側から見ても、ベビーライフ事件は単なる“1団体の不祥事”ではなく、出自情報・料金・許可制度・監督のあり方全体を見直すべき事件として受け止められているわけです。
ここを曖昧にすると、議論が「代表は悪いのか」「都は悪いのか」だけで終わってしまいます。そうではなく、子ども本人の権利を中心に制度を設計し直すべきだ、という視点が必要です。ベビーライフ事件が社会に突きつけたのは、まさにそこです。
「半数以上が海外あっせん」という異常さ
国内優先の原則と、なぜズレたのか
Business Insider Japanの記事では、厚労省の指導として「あっせん先は原則国内」とされていたにもかかわらず、半数以上が海外へのあっせんだった点が報じられています。ここは非常に重い事実です。
厚労省の検討会(2016年)でも、国際養子縁組については、国内で受け入れ家族を見出せない場合に限るという考え方や、そのための記録・証拠の管理、一元的な把握の必要性が議論されています。つまり、「国内優先」「記録保存」「広域マッチングの仕組み」は、現場の感覚ではなく、制度設計上の基本論点として以前から認識されていたわけです。
にもかかわらず、実際には記録の散逸・追跡不足・情報把握不足が起きた。
これは、言い方を選ばずに言えば、制度の理念だけ先行して、実務と監督が追いついていなかったということです。しかも対象が「子ども」なのですから、これは単なる行政ミスでは済みません。最も慎重であるべき領域で、管理が甘かったと批判されるのは当然です。
2億円超の受領報道と費用の不透明さ
ここも「グレーだから仕方ない」で済ませてはいけない
この件では、「海外養親から計2億円受領」という読売報道がたびたび言及されてきました。2025年3月の山田議員の公開記録でも、この報道内容を前提にこども家庭庁へ質問が行われており、回答では「当時の法規制前で民間事業者が設定した価格なのでコメントは難しい」としつつ、現在水準(約100万円)と比べて「少し高い額だったとは言える」という趣旨が示されています。
ここで問題なのは、単純に「高い・安い」ではありません。
命と人生に関わる制度で、費用の内訳・妥当性・第三者検証が見えにくい構造が放置されていたことです。ISSJが「利益追求のためのあっせんは絶対にあってはならない」と明確に言っているのは、この論点を避けて通れないからです。
「法規制前だから」で終わらせるのは、行政の説明として弱いです。
むしろ法規制前だったからこそ、実態把握・検証・再発防止の公的レビューをやるべきでした。ベビーライフ事件は、民間の自浄作用だけに任せるとどこまで危険かを示した事例でもあります。
2025年時点でも残る未解決点
「把握していない」が多すぎる
山田議員の2025年公開記録で特に目立つのは、関係省庁側の回答に「把握していない」「個別には難しい」「記録が残っていない」という趣旨のものが多いことです。
たとえば、引き継がれた422件のうち209件が外国人養親だったこと、情報提供件数、海外からの反応件数などは整理されている一方で、子どもの個別安否確認や国籍状況の追跡は十分にできていないとされています。
また、2021年に国と東京都が対面で打ち合わせを行っていた一方、対面以外のメール・電話連絡については、2025年時点で記録が残っているものがないという趣旨の記載もあります。ここもかなり問題です。子どもの権利に関わる重大案件なのに、行政間連携の記録が十分に残っていないのは、普通に考えてガバナンス不全です。
この事件が長期化している理由は、犯人探しが難しいからではありません。
もっと根本的に、「誰が、どこまで、何を追うのか」が制度として曖昧だからです。だから進展が見えにくいのです。
小池知事との「つながり」はあるのか
直接証拠は確認できません。ですが、東京都トップとしての政治責任は別問題です
ここははっきり線引きしておきます。
今回確認できる公的資料・主要報道・団体声明・公開された国会議員の確認記録の範囲では、小池知事個人がベビーライフの運営や海外あっせんに直接関与していたことを示す証拠は確認できません。この点は、事実ベースで冷静に言う必要があります。
ただし、だから東京都の責任が軽い、という話にはなりません。
東京都は許可権限・監督・文書引継ぎ・保管・相談窓口の中心にいた行政主体です。東京都の発表でも、許可申請の取り下げ後に文書引継ぎを指導し、一部引継ぎを受けたこと、さらに引き続き全ての文書引継ぎを指導していくとしています。つまり、東京都はこの問題の中核プレーヤーです。トップである知事に、都政全体の説明責任があるのは当然です。
要するに、
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直接関与の証拠がある
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都政トップとして監督責任・説明責任がある
この2つは別です。前者は現時点で確認できず、後者は重い。ここを混同すると、議論が雑になります。
エプスタイン事件との比較はどう見るべきか
「構造的な不信感」は理解できるが、同列視は危険です
ネット上では、この種の事件が起きると「エプスタインを連想する」という声が出やすいです。たしかに、
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子どもが関わる
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国境をまたぐ
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記録の不透明さがある
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権力や行政の説明不足がある
という条件が重なると、人は最悪のシナリオを想像しやすくなります。
この心理は理解できます。ですが、現時点で確認できるベビーライフ事件の公的・報道ベースの論点は、特別養子縁組のあっせん・記録管理・行政監督・出自情報アクセスの問題です。
ここに、エプスタイン事件のような性犯罪ネットワークや政治家・著名人の関与を直接示す証拠を重ねる材料は、今回確認した範囲では出ていません。
むしろ、根拠の薄い陰謀論に議論を寄せると、肝心の制度改革が遅れます。
本当に批判すべきは、センセーショナルな連想ではなく、子どもの記録保全と追跡管理が弱い制度設計そのものです。そこを外さないほうが、はるかに建設的で、しかも厳しい批判になります。
この事件から見える、本当に批判すべき3つの問題
民間団体任せのリスクが大きすぎた
ベビーライフ側の説明には事情があります。病気やコロナ禍の影響もあったのでしょう。ですが、それでも、子どもの出自に関わる重要情報が、事業者の状態に依存して消失し得る構造は危険です。制度が人に依存しすぎていました。
行政の記録・追跡・連携が弱い
東京都は動いていますし、国も後追いで関与しています。しかし、2025年時点でも「個別安否未確認」「国籍状況未把握」「一部連絡記録なし」という状況は、正直かなり厳しいです。福祉・戸籍・出入国・国籍がまたがる案件ほど、横串の仕組みが必要です。
子ども本人の権利が中心に据えられていない
大人の事情(団体運営、行政手続、個人情報管理)ばかりが前面に出て、子どもの「出自を知る権利」が後景化しがちです。ISSJがここを強く指摘しているのは極めて妥当です。議論の中心は、最初から最後まで子どもであるべきです。
今後必要なこと
事件を「風化」させないために
ベビーライフ事件を本当に教訓化するなら、必要なのは感情論ではなく、制度の作り直しです。最低限、次のような整備は必要だと思います。
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出自情報・あっせん記録の公的保全ルールの強化(事業者の事情で消えない仕組み)
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国・自治体・外務・法務をまたぐ情報連携の恒常化(担当者ベースでなく制度ベース)
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国際養子縁組の件数・追跡・安否確認の標準化
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利用料の透明化と第三者監査
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養子本人がアクセスできる相談窓口の長期運用
厚労省の検討会で以前から「一元管理」や「国内優先」「記録保存」の必要性は議論されていました。つまり、論点は昔から見えていたのです。見えていたのに、現場に十分落ちていなかった。ここを直さない限り、同じような構造問題は形を変えて再発します。
まとめ
ベビーライフ事件は「一団体の問題」ではなく、日本の制度設計の弱さを映した事件です
ベビーライフ事件を批判的に見るなら、焦点は明確です。
問題の核心は、子どもの人生に直結する記録と追跡の仕組みが、民間・行政ともに脆弱だったことです。代表個人の説明の真偽をめぐる議論だけでは不十分で、東京都・国・制度全体の責任として捉える必要があります。
そして、エプスタインや特定政治家との「つながり」を断定するような話は、現時点の確認可能な資料では裏付けがありません。そこは慎重であるべきです。一方で、東京都を含む行政の説明責任と、子どもの権利保障の不十分さを強く問うことは、十分に根拠のある批判です。
この事件でいちばん守られるべきなのは、元代表でも行政でもありません。
子どもたちの出自と、その人生の連続性です。ここを社会全体で見失わないことが、今いちばん大事だと思います。


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